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2009年9月11日金曜日

白河歴史探訪⑤翠楽苑と松平定信公


南湖公園と松平定信公は庶民に開かれた日本式庭園の場として有名である。その南湖公園と南湖神社の側に翠楽苑が平成7年に設置された。入り口には定信公の銅像をいただき、苑内には中央には水を満々と湛えた池と松や楓と季節にマッチした日本庭園が広がる。いくら見ていても人を飽きさせない魅力的なにわである。
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白河歴史探訪④小峰城と集古苑(Komine Zyou Castle)


鎌倉時代~室町時代は結城家が、江戸時代には譜代大名として6人の幕府家老をだした阿部家が有名。白河藩主としては240年間に7家21代の徳川譜代大名の居城となった。
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白河歴史探訪③Mahoron(field museum hands )


Posted by Picasa福島県文化財センター・白河館は体験型のフィールドミュージアムで県内の多くの貴重な資料が保存されています。館内には各時代の生活様式などの展示と、屋外には実物大のモデルやディスプレーがあります。

白河歴史探訪②革(皮)籠原の防塁跡


革籠原の防塁は今テレビ大河ドラマ「天地人」で話題になっている。1600年徳川軍を迎え撃つべく、膨大な防塁が直江兼続により築かれたものである。同時期に西方で急遽関が原の戦いが始まったため、実際には家康は馬の轡を関が原に向け、当地では幻の白河決戦の地となったところである。
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白河歴史探訪①白河の関(Shirakawa Seki)


奥州三関の一つ白河の関、歴史は古くかつて明確な場所の指定がされていなかった。松平定信公がこの地を古関跡として断定したのが1800年であるが歴史的には799年に白河刻として記録がある。白河神社も官社としての確固たる由緒ある神社としてゆるぎない地位を有している。多くの憂いを歌に白河の関が歌われ兵達や歌人等の気持ちを今に伝えている。
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2009年9月7日月曜日

数珠の木と神様の食事(Tool for God


これは数珠のもとになる木である。葉の中央から数珠の玉にあたる種子が出ている。木から落下する時クルクルと右回転してまるで竹とんぼのような形態である。(熱田神宮にて拾う)Beads, the material is a tree of this fact.

これは神様に米を供える時にこの葉に盛ってお供えするすです。(熱田神宮にて拾う)
Put the rice to make offerings to God this leaf.
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熱田神宮Atuta Jinngu("Shrine")


熱田神宮はその昔、日本武尊の草薙神剣にも代され、信長も桶狭間の戦いに勝利し日本三大塀(信長塀)も奉納されている。都会にありながら静寂と厳かさが素晴らしい。
本宮の右奥には農業の神様や手を清める清水社がある。楠木などの古代木もありその奥深さは計り知れないのである。
本宮の他に別宮・摂社12社・末社31社が境内外に鎮祭されている。
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